大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和47年(ワ)357号 判決 1975年8月30日

原告 家守次男 ほか一名

被告 国

訴訟代理人 清水利夫 加藤堅 南葉克己 入沢才治 ほか二名

主文

一  原告家守次男が被告に賃貸している別紙第一目録記載の建物(その敷地を含む。)の賃料は、昭和四七年一月一〇日以降一か月金五万五〇〇〇円であることを確認する。

二  原告家守敏郎が被告に賃貸している別紙第二目録記載の建物(その敷地を含む。)の賃料は、昭和四七年一月一〇日以降一か月金一万五〇〇〇円であることを確認する。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  原告家守次男が被告に賃貸している別紙第一目録記載の建物(その敷地を含む。)の賃料は、昭和四六年四月一日から同四七年三月三一日までの期間一か月金一〇万九八〇七円、昭和四七年四月一日以降一か月金一二万〇七八八円であることを確認する。

2  原告家守敏郎が被告に賃貸している別紙第二目録記載の建物(その敷地を含む。)の賃料は、昭和四六年四月一日から同四七年三月三一日までの期間一か月金三万〇九六六円、昭和四七年四月一日以降一か月金三万四〇六六円であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  被告は、従前、訴外内海塩業株式会社(以下訴外会社という。)から、その所有にかかる別紙第一目録記載の土地建物(以下本件第一土地建物という。)および別紙第二目録記載の土地建物(以下本件第二土地建物という。)(以下合わせて本件土地建物という。)を賃借し(ただし、本件第一、第二土地はそれぞれ本件第一、第二建物の敷地として賃借したものである。)、これらを岡山地方法務局児島出張所の事務所および同職員の住宅ならびにその敷地として使用してきた。

2  原告家守次男(以下原告次男という。)は、昭和四四年一二月三〇日本件第一土地建物を代金一三五六万三二〇〇円にて、原告家守敏郎(以下原告敏郎という。)は、同日本件第二土地建物を代金四五五万円にて、それぞれ訴外会社から買い受けてその所有権を取得し、いずれも同日前記賃貸人としての地位を承継した。

3  4、5、6、<省略>

二  請求の原因に対する被告の認否および主張<省略>

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  (第一次的増額請求の有無)<省略>

三  (第二次的増額請求の有無)<省略>

四  (第三次的増額請求の有無)<省略>

五  (第四次的増額請求の有無)

原告らが被告を相手方として賃料値上げ請求の調停を申し立て(児島簡易裁判所昭和四六年(ノ)第四五号)、その調停申立書が被告に送達された昭和四七年一月一〇日、被告に対し本件賃料を増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠省略>によれば、原告らが増額請求した本件賃料額月額は右調停申立書の申立の趣旨に掲記されているとおり昭和四五年分として本件第一土地につき三万五四八五円、本件第一建物につき六万円、本件第二土地につき一万一九三〇円、本件第二建物につき一万五〇〇〇円であり、昭和四六年度以降の分として本件第一、第二土地につき毎年前年の地代に同地代に対する一割五分の割合による金額を加算した額、本件第一、第二建物につき毎年前年の家賃に同家賃に対する一割の割合による金額を加算した額であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

六  (本件賃料の相当額)

そこで、昭和四七年一月一〇日現在における本件賃料の相当額如何について判断する。

(一)  当事者間に争いのない請求の原因1、2の各事実に、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠省略>中、右認定に反する部分はたやすく措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告らが本件土地建物を取得するに至るまでの本件賃貸借契約の経緯、本件賃料改訂の経過は、別紙一覧表に記載のとおりである。すなわち、本件賃貸借契約は昭和六年に締結されて以来、昭和四七年一月まで実に四〇年余りの長期にわたつて継続されており、その間本件土地建物は、一貫して被告の公用施設(昭和二四年六月から以降は現在まで岡山地方法務局児島出張所の事務所および同職員の住宅ならびにその敷地)として使用されてきたものである。本件賃料の月額は、昭和二三年五月ころまでの間は不明であるが、同年六月に六〇円であつたのがその後わずかずつ増額され、同三四年四月一日には五〇〇〇円、同三八年四月一日には八〇〇〇円というように順次改訂され、昭和四三年七月一日以降の現行賃料は一万〇五〇〇円となつている。

(2)  本件賃貸借契約が締結された当初のころは、地方の篤志家が自ら誇りをもつため、また地元民に対する利便を図るため採算ベースを度外視して自発的に自己所有の財産を提供して役所を地元に設置することを希望し、役所側でも経済的な行政ができるところから所定の条件を勘案のうえ適当と認めればその財産を借り受けるというようなことが行なわれた。本件賃貸借契約もその例外ではなく、右のようなきわめて特殊な事情のもとに成立し継続されてきたものであり、そのため本件賃料は一般の場合と比較して現在までかなり低く押さえられてきた。

(3)  原告らは学生服の製造販売業を営んでいるものであり、その近代的経営を図る必要から、かねて適当な土地があれば買い求めたいとの意向を抱いていた。たまたま昭和四四年九月に地元新聞の関西民報に二回にわたり倉敷市が関野興業の敷地を買収し、その一部を岡山地方法務局児島出張所の用地として使い、同出張所はそこへ新築移転する方針である旨の報道がなされたので、原告らは、家業の会計を担当して貫つていた阿部敏実の進言に従い、当時の倉敷市助役や岡山地方法務局児島出張所長らに右事実の有無について確認ないし照会したうえ(ちなみに、<証拠省略>中に、児島出張所の引越し移転があたかも確実であるかのように同出張所長が断言したという趣旨の供述部分があるが、これは容易に措信しがない。)、右出張所が近く他所へ引越し移転することは間違いないと思い込み、同出張所のある本件土地建物を購入してそこに前記営業のための工場を建設しようと考え、請求の原因2のとおり同年一二月三〇日訴外会社から本件土地建物を買い受けた。そして、原告らは、購入資金の大部分につき銀行から融資を受け、昭和四五年三月二〇日までに原告次男は一三五六万三二〇〇円、原告敏郎は四五五万円の売買代金を完済した。

(4)  昭和四四年ころ被告の内部の意向として岡山地方法務局児島出張所の庁舎新営の構想があり、同地方法務局で適当な敷地を物色していたが、結局、同出張所は新営の見込みが立たず移転が困難であるとして、右計画は決定をみることたく中止された。そ

のため原告らは、当初の目的を達成することができなくなり、同土地建物を営業用に使用して相当の収益をあげる見込みのもとに投下した多額の資本の回収が図られなくなつて銀行利子の支払いに追われる羽目に陥つた。

(5)  そこで、原告らは、前認定のとおり岡山地方法務局側に対し再三再四にわたり土地購入の事情を説明し、本件土地建物の早急な明渡要求とそれまでの間の賃料値上げの希望の表明を行ない、当事者間で度々折衝が繰り返されたが、法務局側はあくまで本件賃貸借契約の継続を希望し、賃料の値上げ幅についても両者の主張が大きく喰い違つて合意が得られず、遂に本件訴訟となつたものである。

(二)  ところで、鑑定人塚村伝十郎の鑑定の結果によると、本件土地建物の限定賃料(ただし、現賃借人に引継いで賃貸する場合の適正賃料で本件第一土地と本件第二土地を一体のものとして評価し平均単価による。)月額は、昭和四六年四月一日の時点で本件第一土地建物につき五万二〇九三円、本件第二土地建物につき一万三八九一円、昭和四七年四月一日の時点で本件第一土地建物につき五万四〇〇〇円、本件第二土地建物につき一万四四〇〇円と評価されていることが明らかである。

そして、右鑑定は、<1>本件土地建物が間口南北二一・四メートル、奥行東西四〇メートルある奥行長大の部に属する長方形の整形地で、地積八五五・三九メートルあり、地盤は良好な平担地である等の地形・地積・地質等の画地条件、<2>間口東側および西側共に市道に面する角地で、バス停留所まで八〇〇メートルという位置・交通道路条件、<3>倉敷市役所児島支所や小、中、高校、味野市街地の都心が周囲一キロ以内にある等の接近・環境条件、<4>住居地域に指定、岡山地方法務局児島出張所庁舎敷地(一部は法務局職員住宅敷地)として使用されているという法的規制と利用状況、<5>対象地の最有効使用は併用住宅(店舗と住宅)または事務所用地と判定されること、<6>建物は約五〇年前の建築にかかり、かなり老朽化していることなど、対象物件の現況および個別的要因を勘案したうえ、家賃の鑑定評価方式として、いわゆる積算法、賃貸事例比較法、収益分析法(ただし、本件では対象物件が収益物件でないとしてこの方面からの家賃の追求は断念されている。)の三方式の考え方に基づいて検討を加え適正賃料を算出していることが認められる。

(三)  しかしながら、右鑑定の結果および鑑定証人塚村伝十郎の証言によれば、右鑑定は、たとえば賃貸事例比較法による検討においては本件と全く同一特殊事情にある訴外会社所有の低い賃料の事例建物を相当程度参考にしていたり、また、現行の本件賃料が低額であることを考慮して、算出した正常賃料を一割減額補正していることが認められ、これらにかんがみるときは前記鑑定評価額は一般の場合と比較してかなり低廉な賃料額になつていることが窺い知れる。

また、本件賃貸借契約は本来建物についてなされたものであり、土地は建物の敷地として土地と一体をなして賃貸借されてきたものであること、しかるに本件建物は世上一般の借家と異なり、その敷地(庭、空地および建物の敷地)が甚だ広く、本件第一建物の建坪は土地六四〇・六七平方メートルに対し二〇三・九四平方メートル(約三一・八パーセント)、本件第二建物の建坪は土地二一四・九二平方メートルに対し四六・二八平方メートル(約二一・五パーセント)にすぎないことはいずれも当事者間に争いがないところ、右のような場合には賃貸事例比較法において比準する近傍類地の選出にあたつてはそれ相当の配慮が必要であると考えられるうえ、建物の建坪と敷地の面積との間にさほど差異のない適例の場合と比較して右のような場合の建物の賃料はそれより若干上廻るものと思料される。しかし、前記鑑定は右の点に関する配慮が十分になされているかどうか疑わしい。

(四)  本件賃料は、前認定の如く昭和四三年七月一日から本件賃料増額の意思表示がなされた昭和四七年一月一〇日まで一万〇五〇〇円に据え置かれてきたが、その間土地建物を含め一般的に諸物価高騰の事情にあつたことは当事者間に争いなく公知の事実であり、参考までに統計資料(日本不動産研究所「全国市街地価格指数」)をみてみると、六大都市を除くその他の都市の住宅地の市街地価格指数は昭和三〇年三月が一〇〇、昭和四三年三月が九四七であるのに対し昭和四七年三月は一八七四となつている。

(五)  前認定のとおり本件賃貸借契約は昭和六年に締結され、昭和四七年一月一〇日まで四〇年余りという長期間にわたり継続しているもので、かつ、その間幾度か本件賃料の改訂が行なわれてきたとはいえ、前記六(一)(2)のような特殊た事情からきわめて低額に押さえられ現行額が全体でもわずか一万〇五〇〇円にしかすぎないという事情が存するところ、本件賃料の適正額を認定するにあたり、これらの本件に特有の事情を無視して一般的基準に立ち極端に急激の増額を認めるのは相当でないというべきであるが、さりとて右事情をそのまま参酌し適正賃料を従来の低い賃料を基準にして低額に押さえるのはかえつて当事者の衡平の見地から妥当でないと考える。

すなわち、原告らが見込みを誤つた結果被告との本件賃貸借契約の継続を余儀なくされたとはいうものの、従前の賃貸借当事者間におけるきわめて特殊な事情を、当時とは社会の風潮も国民の意識も変化したと思われる現時代において、しかも本件土地建物を営業用に使用して相当の収益をあげうる見込みのもとに多額の資金を投入して旧賃貸借契約を承継するに至つた新賃貸人たる原告においてそのまま受け容れ、従前の如く低廉な賃料に甘んじなければならないとするのは、賃借人が経済的に弱い立場にあることの多い私人とは全く異る国であるだけに、当事者の衡平の見地からみてやや不公平た感を免れず、その合理性の点からいつても疑問であるというべきである。

(六)  以上のような諸事情、諸点を総合勘案するときは、本件賃料の相当額は、左記のとおり前記鑑定評価額に準拠しつつ、右鑑定上の問題点、従前の賃貸借当事者間における特殊事情、現在までの賃料改訂の経過および現在額、原告ら側の事情等を考慮して右評価額に調整を加えたうえ決定するのが相当である。

すなわち、昭和四七年一月一〇日の時点における本件賃料の相当額は、本件第一建物(その敷地を含む。)につき二か月余のずれはあるが時期的に近接した昭和四七年四月一日の時点における月額鑑定価格五万四〇〇〇円に一〇〇〇円上乗せした五万五〇〇〇円、本件第二建物(その敷地を含む。)につき右同日の時点における月額鑑定価格一万四四〇〇円に六〇〇円を上乗せした一万五〇〇〇円と認定するのが相当である。

(七)  なお、本件第一、第二建物(その敷地を含む。)の右各認定賃料額が、原告らのなした本件賃料増額の意思表示にかかる前記五認定の値上げ額の範囲内にあることは明白である。

七  (結論)

よつて原告らの本訴請求は、本件賃料が増額請求のなされた昭和四七年一月一〇日以降本件第一建物(その敷地を含む。)につき月額五万五〇〇〇円、本件第二建物(その敷地を含む。)につき月額一万五〇〇〇円であることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹原俊一)

本件賃料の増額改訂等一覧表

(昭和)年月日

変更事由

賃料(月額)

備考

六、一一、一五

賃借開始

不明

所有者

野崎丹斐太郎

九、七、一〇

所有者移転

所有者

株式会社野崎事務所

二二、五、三

組織変更

使用者

前 岡山区裁判所味野出張所

後 岡山司法事務局味野出張所

二三、四、一

名称変更

使用者

岡山司法事務局味野出張所

〃、六、二

所有者商号変更

賃料変更

六〇円

所有者

内海塩業株式会社

二四、一、一

賃料変更

二四〇円

二四、六、一

名称変更

二四〇円

使用者

岡山地方法務局児島出張所

二六、四、一

賃料変更

七二〇円

二七、四、一

一八二四円

二八、一、一

二〇九九円

三四、四、一

五〇〇〇円

三五、四、一

五五〇〇円

三八、四、一

八〇〇〇円

四三、四、一

八五〇〇円

〃、七、一

一万〇五〇〇円

第一、第二目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例